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東京高等裁判所 平成5年(ラ)447号 決定

抗告人 柏昌克こと 柏克

右代理人弁護士 片岡彦夫

豊島最

主文

原決定を取り消す。

本件を甲府地方裁判所に差し戻す。

理由

一  本件抗告の趣旨は、「原決定を取り消す。本件不動産について強制競売を開始する。」というのであり、抗告の理由は別紙一≪省略≫のとおりであって、要するに、原裁判所が本件債務名義に記載された請求債権が免除により消滅したとして、本件強制競売申立てを却下したのは右和解調書記載の条項の解釈を誤ったもので違法であるというものである。

二  よって、職権で調査するに、一件記録によれば、本件は、抗告人において、抗告人を債権者とし、松本国雄及び清水誠を債務者とする東京高等裁判所昭和五六年(ネ)第二八〇一号貸金請求事件の和解調書(以下「本件和解調書」という。)に表示された一〇二八万円(但し、同和解調書表示の金一八二八万円の内金)の請求債権を有していることを理由に、債務者松本国雄所有の不動産に対する強制競売手続の開始を求めたものであり、右和解調書の内容は別紙二≪省略≫のとおりである。そして、原裁判所の平成五年三月四日付けの審尋書に対する抗告人代理人作成の平成五年三月一五日付け回答書において、抗告人は、債務者らから昭和五八年三月一五日、金八〇〇万円を受領した旨の回答をしたことが認められる。

ところで、原審は、本件和解調書には、債務者らが金八〇〇万円を昭和五八年三月末日までに支払えば残余の債務金を免除する旨の債務免除条項があるところ、前記の回答書から債務者らは右八〇〇万円を期日までに支払ったことが認められ、本件和解調書に表示された一八二八万円から右八〇〇万円を差し引いた残余の一〇二八万円の債権は免除により消滅したとして、抗告人の本件不動産強制競売申立てを却下した。しかしながら、債務名義に表示された債権の存在は強制執行開始の要件ではなく、執行裁判所は債権の存否について審査する権限を有しないものであって、逆に債務名義に表示された債権の存在について異議のある債務者が請求異議の訴えを起こしてその債務名義による強制執行の不許を求めるべきものである。後記のような例外的場合はさておき、執行裁判所としては、執行力ある債務名義の正本が存在する以上、債務名義に表示された債権が実体上存在しないことを理由に強制競売の申立てを却下することは許されないというべきである(このことは、民事執行法三九条一項八号、同条二項及び四〇条によれば、債権者において債務名義の成立後に弁済を受けた旨の記載をした書面、いわゆる弁済受領文書が執行裁判所に提出された場合には、同法三九条一項一号ないし六号の規定する書面、いわゆる執行取消文書が提出された場合と異なり、執行処分の取消ではなく四週間に限った一時的な強制執行の停止が認められるに止まるとされていることに照らしても明らかである。)。なお、強制競売の申立てが権利の濫用にあたることが明らかであるというような例外的場合には、執行裁判所として右申立てを却下することができると解する余地があるとしても、本件では本件和解調書の条項の解釈を巡り争いがあり、抗告人は、前記金額の弁済があっても残余の債務につき免除の効果は生じていないという立場をとるもののようであるから、本件強制競売の申立てが権利の濫用に当たることが明らかであるとまでは断定できないのであり、これを理由に右申立てを却下することはできない。

三  そうすると、債務名義に表示された債権が消滅していることを理由に本件強制競売の申立てを却下した原決定は違法であるから、これを取り消すこととし、事案に鑑み、本件を甲府地方裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 宍戸達德 裁判官 大坪丘 福島節男)

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